休日の過ごし方
(1)

20万Hits企画




 爽やかな空気。
 
 雲一つ無い青い空。

 デートするにはもってこいの素晴らしい天気。
 なのにそのデートの相手は可愛い女の子ではない。

 四つ年上で医者で、自分よりも背が高く、とても格好良く王様な男、一ノ瀬洋人。

 無理矢理恋人にさせられ約1年。
 やはり無理矢理一緒に暮らす事になって約1年。
 今では諦め、それなりに一ノ瀬との生活を楽しんでいる。
 でもって一ノ瀬の事が好きになっている自分がいた。
 
こんな筈じゃなかったのに・・・・・
 
  ため息を吐きガラスに映る自分の姿を見る。
 
高校生だよ・・・・・

 素の服は全て一ノ瀬が選び購入している。
 靴下一つとっても千円以上している。
 三足千円の靴下を愛用している素からしてみれば贅沢、いや、無駄その物。
 同じ柄の靴下を2足持っていれば一足のうち、片方が破れてももう一足でカバー出来る。
 なんて経済的。
 それなのに今履いている物は全て、色、柄が違うのだ。
 片方が駄目になってしまったらそれまで。

ああ、なんて勿体ない。

 今まで持っていた服は全て処分されてしまった。
 童顔をカバーしようと大人っぽい服を選んでいたのに。
 一ノ瀬の選んだ物は確かに似合っている。
 似合っているのだが童顔を引き立たせていた。
 今着ているアイボリーの、フード付きニットジャケットも似合っていた。
 
 今日は一年に一度。
 毎年楽しみにしているモーターショーが行われる日。
 一ノ瀬が一般公開前のプレスチケットを貰ったのだ。
 今まで一般公開前に入った事などない。
 是非是非行きたい。

 当然一ノ瀬は素の為にこのチケットを手に入れたのだ。
 手に入れたと言っても毎年このチケットは一ノ瀬の元に送られて来る。
 友人の経営している会社のも参加しているから。
 なのに一ノ瀬は、このチケットを手に入れるのが大変だった言い方を。
 それを餌に素に色んな事をさせたりした。

 一ノ瀬との待ち合わせは11時。
 当直明けの一ノ瀬は、一端家に帰って支度をして出て来るからこの時間になってしまう。
 一緒に住んでいるのだから、家で一ノ瀬が帰って来るのを待ち、それから一緒に出掛け
 ればいいのだろう。
 だが、それだけはしたくない。
 以前、今日と同じように素が休み、一ノ瀬が当直明けで、帰ってから一緒に買い物に行
 こうとした事があった。

 帰って素の顔を見て、ただいまのキスをして来たと思ったらそのままベットに連れて行か
 れ、結局出掛ける事が出来なかったのだ。
 ボロボロになりながらも、文句を言うと「帰って来て素の可愛い顔を見てキスをしたら修ま
 りがつかなくなった」と言われた。

 ブツブツ言いながらも、今度の休みの時は絶対買い物に行くという事で決着がついた。
 なのにその次の休みも、前回と同じように一ノ瀬が素をベットから降ろさなかった。
 二度ある事は三度ある。
 いや、毎回・・・・・
 このモーターショー自体はその日一日だけでなく、何日かの期間で開催される。
 だが一般公開前はその日だけ。
 何が何でも行きたいのだ。

 学習した素は一ノ瀬が帰って来る間前に家を出る事にした。
 待ち合わせの場所、時間を勝手に決め、一ノ瀬に伝えた。
 当然一ノ瀬としては、疲れて帰って来た時に愛しい素の姿を見、キスをして癒されるの
 にそれがないとは納得がいかない。
 だが素の方が上手。
 ちょっと可愛い声で「偶には他の恋人みたいに外で待ち合わせしてデートしたい」と言え
 ばいい。
 素にメロメロな一ノ瀬はそれでご機嫌になるのだから。
 出来るならこんな手は使いたくないのに。
 
ああ、こんな姑息な手を使う事を覚えてしまった自分が恨めしい・・・・

 一ノ瀬にとっては嬉しいことこの上ない。
 普段の素からは「恋人」という単語は出て来ないし、甘い声もおねだりもして来ない。
 エッチをしている時は別だが。

 素を一人で、指定してきた場所で待たせる事はしたくない。
 それでなくても、素はとっても可愛いのだ。
 一ノ瀬とエッチをするようになってからは、可愛さの他に色気まで加わってしまっている。
 とても美味しそうな子羊なのだ。
 
 しかし、素からの可愛いおねだりをされては仕方ない。
 ここで却下しようものならへそを曲げ、2度とこんな可愛いおねだりをして貰えないかも。
 悩んだ。
 ほんの一瞬だが。
 そしてOKを出す。

 喜んだ素が愛らしく、そしてその前から可愛いおねだりで自分を煽っていたのだ。
 ご機嫌な一ノ瀬は直ぐさま素を抱き上げ、寝室へ連れ込み素の身体を堪能した。
 抵抗しようとしたが、自分がおねだりした為に一ノ瀬がすっかりその気になってしまった
 事を思い出し、仕方ないと、どうせなら自分も気分良く気持ちよくなろ
 うと気持ちを切り替え、一ノ瀬とのエッチを楽しんだ。
 いつにない積極的な素に、一ノ瀬も加減を忘れてしまった。
 当然次の日は起きあがる事が出来ず、素は仕事を休むはめになってしまった・・・・・

 時計を見ると待ち合わせの時間まで少しある。
 一ノ瀬が来るまでカフェにでも入って時間を潰そう。
 そう思って辺りを見回す。
 10時半だというのに、既に人が溢れている。

確かこの先にあった筈・・・・・。
あれ?

 視線の先には一ノ瀬の友人というか、使いっ走りの堀田の姿が。
 堀田もこのモーターショーに来たのだろうか。
 自分と同じをうに、誰かと待ち合わせなのだろうか。
 タバコを吸いながら立っていた。
 一人佇む姿は様になっている。
 背も高く、服を着ていても分かる鍛えられた肉体。
 眼光鋭く、野性的な男前。
 
なのにどうして洋人の使いっ走り?

 いつも、何かあると一ノ瀬に呼び出されている。
 「素を送って行け」、「迎えに行ってこいと言われたから来た」とか。
 去年のクリスマス、素が嫌がらせの為に言った言葉。
 「24日はディズニーランドで過ごしたい」
 その言葉に一ノ瀬は、堀田を使い24日の入場券を手に入れ、満室だったと思われる
 ホテルの部屋を予約させた。
 一ノ瀬に言った筈なのに、堀田が苦労させられ申し訳なく思ったのだ。
 だが堀田もちゃっかりしていて、自分と恋人の分のチケットを購入。
 そしてホテルまで取っていたのいだ。
 それを一ノ瀬にどさくさに紛れ請求し、却下されたのだが、素が一ノ瀬に文句を言い払
 わせたのだ。
 あの後非常に感謝された。
 堀田に近づき声をかけた。

「お早うございます。 堀田さんもモーターショーに来たんですか」
 
「おっ、素ちゃん。 なんでこんな所にいるんだ」

 黙って立っていると、ちょっと恐い感じ。
 だが笑うと堀田の顔はとても親しみがある。
 顔も良くて、人当たりもいい堀田はどうして、あんな一癖も二癖もある一ノ瀬と友人なん
 かしてるんだろう。

 そう言えば素の雇い主の息子で、一時上司でもあった横田聡とも親友だと言っていた。
 一ノ瀬とは高校から、横田とは大学からの付き合いらしい。
 友達は一生の宝というが・・・・・

ちゃんと選べよ・・・・・

 まあ、こんな事を思っても仕方ない。
 素に至っては恋人なのだ。
 しかも一生ものの。
 なんて事だろう。
 別れるなんて気は、一ノ瀬にはさらさらないらしい。
 それはそれで嬉しいのだが。

「モーターショーに来たんです。 堀田さんこそどうしてここに?」

「俺達もそれに来たんだ。 招待券貰ってな」

 『俺達』と言ったが、近くにそれらしき人物は見あたらない。
 きっとその人物が来るのを待っていただろう。
 そんな事を思っていると、堀田が辺りを見回している。
 いや、辺りを窺っているといったほうが合っている。

「何してるんですか?」

「・・・・・・一ノ瀬は」

 成る程。
 一ノ瀬がいないか窺っていたのだ。
 堀田にしてみれば一ノ瀬がいるという事は不吉なのだろう。
 脅されるは、こき使われるは、全く持って良いことはない。
 
「安心して下さい。 後30分は来ない筈です」

「そうか」

 ホッとした顔の堀田。
 しかし、素も素だ。
 仮にも自分の恋人に対してその言葉はないだろう。
 だが、一ノ瀬に性格があれなのだから仕方ない。

「でもまたなんで、別々に来たんだ。 よくあいつが許したな」

「・・・・・・ええ、まあそれなりに・・・」

 言葉の切れが悪い。
 
「はは〜〜ん」

 何か思い当たったらしい。
 ニヤニヤとした顔つきになっている。
 こういう顔をする時はろくな事を言い出さない。

「可愛くおねだりかなんかしたとか? 『ね〜vいいでしょv』とか言って? あいつ素ち
ゃんにメロメロだから可愛くねだられたらイチコロって? 小悪魔だね〜」

 素のこめかみに青筋が。
 しかし、堀田は調子に乗っていた。
 普段一ノ瀬から受ける仕打ちを、ここぞとばかり素をからかう事で発散しているらしい。

「その時の鼻の下なんか伸びてる訳か? それとも・・・・・・・」

類友だな・・・・・・

 勝手な事を言い始めた堀田を冷めた目で見る。
 一ノ瀬と友達を10年以上やっているのだ。
 それだけ続くという事は、堀田の性格も相当なものなのだろう。
 そうでなければ、友達をやっていられる筈がない。
 そう思うと怒りも治まる。
 なんせあの一ノ瀬と1年も一緒に暮らしているのだ。
 それ位の事でキレていたら切りがない。
 それに比べたら、堀田の言う事など可愛いものだ。
 自分の世界に入って色んな妄想をしている、堀田を今度は哀れな目で見ていた。

 すると、堀田の遙か後方から、もの凄い殺気をまき散らしながら来る人が。
 その殺気に全く気付いていない堀田。
 近づいて来た人物はとても綺麗な男。
 細身で色も白く身長は素よりも高い。
 綺麗だと思うがとても気が強そうだ。
 一気に堀田に近づいたかと思ったら、思い切り頭を殴りつけた。
 同時に背中に蹴りまでも・・・・

「デッ!」

顔に似合わずなんて凶暴な・・・・・

 無言で殴り、蹴りを入れる美人に、思わず引いてしまう素。
 口は悪いが暴力に出た事はない。
 
暴力は駄目でしょう。暴力は・・・・・

 殴られた堀田は頭を抑え、自分に暴行した人物を睨み付けようと振り返ったが、次の
 瞬間蒼白になっていた。

「し・・・・誌音・・・・・」

「お前は・・・・・、人がちょっと目を離した空きにナンパか?」

「い、いやこれは違うんだ!」

 素をからかっていた時の楽しそうな顔は、すっかり消えていた。
 あまりの変わりっぷりに、逆に素の方が笑えてくる。
 汗を流しながら、しどろもどろに一生懸命にいい訳をしている姿はかなり笑える。

「何が違うって? 道路の反対側から観察させてもらっていたが、楽しそうだったけど。
顔もか・な・り・ニヤけてたみたいだし」

 堀田に『誌音』と呼ばれた綺麗な男は、両腕を組み仁王立ち。
 長身の堀田よりは頭半分低いが、迫力がその人を大きく見せている。
  
美人が怒ると凄い迫力なんだ・・・・・・

 感心した素。
 
 その美人『誌音』は一頻り堀田を罵ったあと、素に矛先を変えた。

「そこのチビ。 お前、俺の男に何か用?」

 『そこのチビ』
 『チビ』とは、自分の事なのだろうか。
 視線が向けられているから、やはり自分の事だろう。
 まあ、この二人に比べれば身長は低いが・・・・
 しかし、堂々と「俺の男」と言うところが凄い。
 またまた感心する素。

「人より、ちょっと可愛いかと思ってるかもしれなけど、お前みたいなお子様がナンパし
ようなんて10年早いんだよ。 そこら辺にいる、ケツの青いお子様同士でちちくりあって
る方がお似合いだよ」

ち、ちちくりあってって・・・・・
凄いよ・・・・そのお子様に対して全力で威嚇してるよ・・・
どう見ても、この人の方が美人なのに

 威嚇する姿はまるで猫よう。
 毛を逆立て、目をつり上げる姿は猫その物。
 真っ白で毛並みが良く、とてもプライドの高い猫。
 そこまで言って威嚇までして。
 思わず尊敬の眼差で見てしまう。
 
「な、なに・・・・・」

「いえ、凄いなと」

 感心して口調と、尊敬の眼差しを向けて来る素を前に怯む。
 普通ここまで言われたら大抵の者が怒り狂うか、泣き出す。
 因みに泣き出す者が大半。
 なのに泣き出しもせず、目をキラキラと輝かせているのだ。
 気を取り直し、更に言い募る。

「はぁ? なにお前、俺の事バカにしてるの。 それとも俺に勝てると思って余裕ぶってる
わけ? はん!冗談じゃない。 こんな色気もそっけもないお子様に、この俺が負けると
でも思ってるわけ?」

 これだけ言っても目の前にいる、お子様の顔は変わらない。

一体なんなんだ!

 イライラが最高潮に。
 そして発せられた言葉に脱力。

「馬鹿になんかしてません。 本当に凄いなって、感心しているんです。 こんなに綺麗なの
に。 俺なんか足下にも及ばないのに、『俺の男に手を出すな』って言い切って、全身で威
嚇しするなんて、凄いです。 感動しました!」

 青ざめていた堀田も、素の言葉に脱力。
 思わずしゃがみ込んでいた。

「龍生・・・・・なに、こいつ・・・・・・」

「・・・・あ? ああ」

 堀田が言う前に素から自己紹介。

「佐倉素です。 俺からナンパした訳でも、堀田さんがナンパして来たとかじゃないですよ。
俺と堀田さんがどうこうなんてないですから。 っていうかあり得ないです。 付き合うなら
俺は女の子がいいんです!」

 最後の言葉に、妙に力が入っている。

素、素。 佐倉素。
何処かで聞いた気が・・・・・
しかも、嫌〜な感じ。
う〜〜ん、何処だったか。

 誌音は顎に手を当て考え込む。
 そんな誌音を余所に、堀田が復活。

「素ちゃん、そこまで言い切らなくてもいいんじゃない?」

 ちょっと傷ついた風を装う。
 当然、素は、それが演技だと気付いている。

「だって堀田さんですよ。 苦労しそうだし、性格も問題ありだし、しかも、男! 絶対に嫌」

 一ノ瀬と暮らしているせいか、はたまた元々の性格なのか、ハッキリと言う。
 この言い方には、ちょっと本当に傷ついた。

「そんな事言うけど、素ちゃん男と付き合ってんじゃん」

「うっ・・・・・」

 確かにそうだ。
 付き合って、現在は同棲までしている。
 しかも好きだし・・・・・

「そ、そうかもしれないけど、次は女の子と付き合うんだから・・・・」

「次は絶対ないぞ」

「うううう・・・・」

 頭を抱え唸る素。
 そう、次などある筈がない。
 一ノ瀬の心が変わる事がない限り、この関係に終わりはないだろう。

ああ、好きになってしまった自分が憎い!

 その頃、誌音はまだ悩んでいた。

素、素。 佐倉素・・・・・

「あの、一ノ瀬だぞ・・・・」

 その名前が出た瞬間、思い出した。

「佐倉素!?」

 名前を叫び、素を指さす。
 突然大きな声で叫ばれた素は、驚きのあまり、その場で飛び上がる。
 先に反応したのは、堀田だった。

「だから、さっき自己紹介してただろう、素ちゃんが」

いきなり名前を叫び、人を指さすなんて、失礼な!

 ちょっとムッとしたが、誌音の顔が心なしか青ざめているような。
 それに、今までの強気な態度が完全に消え去ていた。
 しかも、怯えているし。

・・・・・俺は怪物か?

 さっきはチビ扱い。
 今度は怪物、またはお化け扱い。
 なんだか情けない素だった。

 青い顔で誌音は辺りを見回す。
 その仕草は警戒する猫そのもの。
 
 一体どうしたのだろう。

「あの・・・・・」

 素の声に辺りを探っていた誌音が視線を向ける。

「何処だ・・・・」

「はい?」

「あいつは何処にいるんだ!」

 余りの鬼気迫る顔、声に後ずさる。
 誌音はその素の仕草に逃げるものと勘違いし、逃がすものかと右腕を両手でガッチ
 リと掴む。

 以外と力のある誌音。
 捕まれた腕が痛かったが、痛みより顔が恐かった。
 素の顔を見て「あいつ」と言うのだから、「あいつ」とは間違いなく一ノ瀬の事だろう。
 堀田と友人なのだから、その恋人である誌音とも当然付き合いはある筈。
 だが、誌音の顔を見る限り「仲の良い友人」でない事だけは確か。
 というより、一ノ瀬の事を恐れている。
 いや、もの凄く嫌っている?
 そんな事を考えいた素。
 なかなか言わない素に焦れ、誌音は再度強く素に聞く。

「洋人なら居ないですよ。 今はいないんですけど、後30分位したら来ます。 ここで待
ち合わせしてるんで」

 そしてその居ないという言葉に、あからさまに誌音はホッとした。
 顔も、口調も少し落ち着いている。
 だが油断はしていない。

「そうなんだ、後30分はいないんだ・・・・」

「あの・・・・・」

「ん? なに」

「腕、痛いんですけど」

 気持ちはホッとたが、素を掴んでいた手は緩んでいなかったらしい。
 ばつの悪い顔。
 慌てて素の手を放す。

「あ、ごめんね」

 思った以上に強く捕まれていたらしい。
 放された場所に痛みを感じる。
 腕をさする。

 腕を放した誌音は、今度は堀田に食って掛かった。

「どういう事? なんで一ノ瀬が来るの。 なんで一ノ瀬がここに来るのに来たの?」

 襟首捕まれた堀田。
 ガクガクと揺さぶられる。

「落ち着け誌音・・・・。 苦しい〜〜」

 一頻り揺さぶった事で少し落ち着いた誌音。
 だが手はまだ堀田の襟首を掴んだまま。

「ゲホッ・・・・。 素ちゃん達もモーターショーに来たんだと。 俺だってここで素ちゃんに
偶然会って一ノ瀬が来るって知ったんだ」

「なんで! 今まで一度も来たことなかったのに。 どうして今年は来たのさ」

 ガクガクと再度堀田を揺さぶる。
 そんな誌音を後ろから見る素。
 ハッキリと分かる事は、誌音が一ノ瀬の事を嫌っているという事。
 いや、恐れていると言ったほうがいいだろう。
 まあ、確かに一ノ瀬の性格では恐れられて当然。
 自分の頼みを聞いて貰えない時には、ちょっとした事をネタに脅してくる。
 脅すと言っても、恐ろしい顔、言葉は使わない。
 ニッコリ笑いながら脅すのだ。

 素もその場にいた事がある。
 邪魔になる者はありとあらゆる手段を使い、写真、書面を突きつける。
 誤魔化す事の出来ない証拠。
 そこで終わるのかと思いきや、それを使って相手を自分の意のままに動かす。
 一般の医者のする事ではない。
 見た目人が良く、穏やかそうに見えるせいか、誰もが油断するのであろう。
 そんな事を思いつつ、素は誌音に話しかけた。

「あの、俺が行きたいって言ったんです・・・・・・」

 誌音の動きが止まる。
 堀田から手を放し、素に振り返る。

「俺、車が凄く好きで、このモーターショーも毎年来てて。 洋人もそれ知ってて。 一般
で入った事しかなかったし。 そしたら、洋人がわざわざプレスチケット取ってくれて・・・・・」

「ちょっと待って」

 素の言葉を遮る誌音。
 訝しげな顔で聞いてくる。

「わざわざ取ってくれた?」

「はい。 なかなか手に入らないそうですね。 でも、洋人、俺が車が好きで毎年モーター
ショーに行ってるって知って、チケット手に入れてくれたんです。 堀田さんも、誌音さんの
為に頑張って手に入れたんですよね・・・・・?」

 言っていている間に、何か違うのだろうかと不安になる。
 なぜなら、堀田と誌音の素を見る顔に、同情の色が見てとられるから。
 言い終わった後には、二人が顔を見合わせため息を吐いたのだ。

なに、何か違うのか!?

「あの・・・・・・」

 誌音が素の肩に手を置き言った。

「・・・・騙されたね」

えっ、なにが?
なにが騙された?
俺が騙された?
それって一体どういう事?

 全くもって理解出来ていない素に、誌音がもう一度言った。

「君、一ノ瀬に騙されたんだよ・・・・・」

なんだって〜〜〜〜!

騙された・・・・
騙された。
また、騙された!
 
 一体何度騙されれば学習するのだろう。
 素直で正直な自分に腹が立つ。
 
 今までも小さな事から、大きな事まで。
 いろんな種類で騙された。

 その度に「今度こそ」と、疑ってかかっり騙されないようにしようと思っていたのに。
 分かっていたのに!

ああ、俺ってなんて素直で、心が汚れてないんだろう。
洋人なんかと一緒に暮らしてたら、性格悪くなって当然なのに・・・・・
頑張るんだ、俺!

 俯き握り拳を作りながらもグッと耐える。
 そんな姿を見て、誌音は心底同情。
 堀田との仲を疑って素の事を怒鳴りつけた、ほんの少し前の出来事などすっかり忘れ。
 小柄な身体を震わせ、俯く姿はとても痛々しく、庇護欲をそそった。
 誌音は可愛い物が大好き。
 堀田と関係ないと分かれば素は誌音のストライクど真ん中。

 素の事をギュッと抱きしめる。
 これには堀田も驚いた。
 抱きしめられた素もビッリ

 3人は忘れているようだが、ここは外。
 そしてモーターショーの行われている会場の前。
 人の出入りが激しい。
 一人は男前。
 一人は中性的な美人。
 一人はとても可愛らしい。
 非常に目立っている。

 それでなくても誌音が大声叫んで注目を集めていたのに。
 それが今度は抱き合っているのだ。
 とっても目の保養。

「あ、あの・・・・・」

 戸惑う素を余所に誌音は髪の毛の頬摺りを。
 素の洋人に対しての怒りが削がれてしまっていた。

「う〜ん、可愛い〜」

「し、誌音?」

 すっかり堀田の事を忘れている。

「こんなに可愛くて、素直なのに、なんであいつなんかと付き合ってるの?」

そんな事を言われても・・・・

 顔はともかく、真面目で正直者だとは自分でも思う。
 洋人との出会いも最悪で、付き合い方も普通ではなかった。
 出来る事なら女の子と付き合いたいが、今ではそれは叶わぬ夢。

うむむむ〜

 眉間に皺を寄せる。
 言ってもいいが、洋人の事を相当嫌っている誌音にその事を言おうものならどんな悪
 言雑言が出て来る事か。
 急に同情され抱きしめられて驚いた。
 だが何となく気持ちいい。
 それに、良い匂いがする。

 洋人に抱きしめられるのも好きだ。
 全てが素より大きい。
 背も腕も胸も。
 抱きしめられるとスッポリと収まってしまう。
 始めのうちは同じ男として悔しさもあったが、今では心地よい物に。
 安心出来るのだ。

 誌音も背は高いが洋人と違い、それ以外は線が細い。
 女の子と比べると柔らかさはない。
 ないのだが優しくて、良い匂いがする。
 なんだかくすぐったい。
 素も誌音に擦り寄る。
 そんな仕草が誌音にはツボだ。

「可愛い〜〜」

 益々ギュッと素を抱きしめる。
 イチャイチャしてるとしか見えない二人。

「さっきはご免ね、疑ったりなんかして。 龍生の事になると我を失っちゃううんだよね。
それに自己紹介がまだだったね。 俺は風間誌音。 宜しくね」

 言って微笑む姿はとても綺麗で、素の頬が染まる。
 抱擁を解かないまま見つめ合う二人。
 誌音に謝られ素は首を振る。

「気にしないで下さい。 俺がきっと堀田さんに対して馴れ馴れしくしてたんだと思いま
す。 だから俺のせいで気分を悪くしたんでしょうから」

「ううん、俺が嫉妬深いせいだよ。 ほら、龍生って見た目ワイルドでカッコイイでしょ。 女
にも男にも凄くモテルから心配で仕方ないんだ・・・・・」

 確かにワイルドでカッコイイ。
 素としても自分もそうでありたかった。 

「誌音・・・・・・」





 
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