こんな筈では?

(1)





「いい加減に離せ!」

 豪華な部屋に響く声。
 自分を抱き上げたままの良太郎を怒鳴りつけるが、怒鳴られている良太郎は聞こえないふり。
 腕の中にある、拓巳の匂い、体温を存分に堪能していた。
 なんといっても、焦がれて止まない拓巳が自分の物になったのだから。 

 それとは反対に、拓巳の気分は最悪。
 勝手に籍を入れられるは、披露宴なんぞ開かれ晒し者になるわ・・・・・
 今なんか、良太郎にお姫様抱っこなんぞされているのだから。
 拓巳にとって幸いな事は、今日泊まる部屋がスイートルームだった事。
 エレベータは直通、部屋もワンフロアーでワンルームだった事。
 男の自分が、男に姫抱きされている姿は、やはり見られたくない。
 不自由だったが、それでも力の限り、ボカボカと殴った。

「いたたた・・・・。 拓巳さん酷い・・・・・」

 ムカ!

「何が酷いだ! 俺は降ろせと言っているんだ。 二度と見られない様な顔にされたいのか?」

 さすがにそれは勘弁して欲しいと思ったのか、渋々ながらも拓巳をソファーへとそっと降ろした。

「これでいいですか?」

「・・・・・・何故お前がそんな不本意そうな顔をするんだ」

「当然じゃないですか! 折角の新婚さんなんですよ。 それなのにちっとも甘い雰囲気じゃない
じゃないですか」

 眉間に皺を寄せ、唇も尖らせる。
 「お前は子供かよ!」と言わずにはいられないくらい。
 大の大人が、会社では切れ者でクールな良太郎なのに。
 社内では、恋人・結婚したい男ナンバーワンな男なのに、拓巳の事となると全くの別人の様だ。
 こんな姿を見た、女子社員達は百年の恋も冷めるに違いない。
 知っているのは拓巳が所属している経理課の社員くらいだ。

「何が新婚だ、人に断りもなく、勝手に戸籍を弄りやがって・・・・。 俺の戸籍に傷がついただろ
う!」

 拓巳の言葉に、良太郎は「キッ!」と睨み付ける。

「な、なんだよ・・・・・」

「傷なんか付ける訳ないじゃないですか! 離婚なんて絶対しません。 そんな事、ありえないん
ですから、傷なんてつかないです」

「そ、そうか・・・・・・」

 良太郎の迫力に、思わず納得してしまう拓巳だが。
 『そうじゃないだろう』と思いなおす。
 しかし、どう足掻いても拓巳が奥寺の養子となった事実には変わりない。
 大きくため息を吐く。
 
「ところで拓巳さん」

 拓巳の横に座り、手を取り真剣な顔で見つめる。

「な、なんだよ」

「俺達、晴れて夫夫になったんです。 ですから・・・・・・」

「・・・・・・・」

ゴクリッ

 一体何を言われるのか、拓巳に緊張が走る。

「『あなた』って呼んで下さい」

バキッ

「はうっ!」

 良太郎の顔面に拓巳の拳がめり込む。

こんな奴に・・・・こんな奴に俺の人生が・・・・・・・・・

 拓巳は顔面にめり込ませた拳を、さらにグリグリと押しつけた。
 されるがままの良太郎。
 そのままソファーに倒れ込んだ。
 しかし途中で体制が入れ替わり、拓巳がソファーに倒されていた。
 手もいつの間にか外され、良太郎の手によって縫いとられる形に。
 頬を赤くし、上からニッコリと拓巳をのぞき込む。

「駄目ですよ、夫に暴力を振るうなんて。 お仕置きですね」

 勝手な言いぐさに怒り倍増。
 しかし上から押さえつける良太郎の力は強く、ビクともしない。 
 それにまた腹が立つ。

「何がお仕置きだ。 俺の上からどけ」

「う〜ん、それは無理です。 晴れて夫夫で、しかも親、会社公認。 こんな素敵な状況を俺が
逃がすわけないでしょう」

 四面楚歌とは、まさにこの事。
 でも諦めたくなかった。
 拓巳が「ううっ」と唸っていると、良太郎の手が緩んだ。

「冗談です。 無理矢理なんて事はしませんよ。 拓巳さんに嫌われたくないんで・・・・・・」

 拓巳の上からどく。
 あまりにも悲しそうなその顔に、拓巳も殴ってしまった事を後悔。

「顔・・・・殴って悪かった」

「いえ、いいんです。 気にしないでください・・・・」

 拓巳から顔をそらし俯く良太郎。
 とても気まずい。

「冷やしたほうがいいな・・・・」

 拓巳が立ち上がると、良太郎がその腕を掴み止める。
 
「大丈夫です。 大丈夫ですから、ここにいて下さい」

 思い切り殴ったのだから大丈夫な訳はないのだが、良太郎の声の弱々しさに拓巳はソファー
 に座り直す。

「大丈夫か。 本当に冷やさなくていいのか? 俺に出来る事があれば言え?」

 俯いていたから良太郎の顔は分からないが、拓巳が言った言葉に目がキラッと輝いた。
 普段の拓巳は顔はとても綺麗なのだが、性格も言葉もとてもキツイ。 
 しかし弱い者や、弱っている者には優しい。
 ただし相手に分からない程度で。
 そんな拓巳の優しさに、チョットだけ利用する事に。
 案の定掛かった。
 やりすぎに注意だ。


 弱々しい自分を演出しまんまと成功した良太郎。
 横に座った拓巳をそっと抱きしめ、顔を肩に埋める。
 そうしないとニヤケた顔が見えてしまうから。
 今度は拓巳に怒鳴られる事もない。
 めいいっぱい堪能できる。
 柔らかい髪・きめ細かい肌・体温と匂い。
 この全てが自分の物になったかと思うと、顔が緩みっぱなしなのだ。
 後はどうやって事に及ぶか。
 拓巳には「無理矢理なんて事はしませんよ。 拓巳さんに嫌われたくないんで・・・・・・」と愁傷
 な事を言ったが、引き下がる気は全くなかった。
 初めて一緒に過ごす夜。
 なんたって『初夜』。
 手を出さないなんて事はあり得ない。
 先の事を思うと、嬉しさで思わず肩が震えてしまう。


 そんな良太郎の企みなど、全く気付いていない拓巳。
 弱々しい包容と震える肩。
 いつも自信満々で口説いてきた良太郎とは別人な様子に戸惑う。
 気が付けば良太郎の背に腕を回し、優しく抱き返していた。
 無意識な自分の行動に動揺しててまう。
 
何やってんだ俺! 
どうして抱きしめてるんだ。
いつも厚顔不遜な態度で、人の迷惑顧みないこいつがこんな弱々しいなんてあり得ないだろう
きっと何か企んでる筈・・・・・・

 実際に良太郎は、どう拓巳を落とそうか企んでいたのだが。
 そう思ったのにも拘わらず、拓巳は手が解けない。
 愁傷な態度や声は作れても、この肩の震えは作れない。
 
くそっ!

 仕方なく抱きしめる。
 良太郎のこの震えが弱っている為でなく、嬉しさのあまりの震えだと分かろうものなら即刻殴り
 飛ばしているだろう。
 それに気付いていない拓巳は不幸だった。
 後から気付いた時には、自分の愚かさを呪った。


 暫くの間無言で抱き合う二人。
 良太郎が何もしてこなかったために拓巳はすっかり警戒心を解いていた。
 長かった包容を良太郎の方から解く。

「すみませんでした・・・・・」

 うつむき加減で弱々しい声。
 少し心配になる。

「いや、俺の方こそ殴って悪かったな。 本当に大丈夫か?」

 殴ってしまった頬にそっと手を当てる。
 俯いていた良太郎が顔を上げると、思った以上に近い所に拓巳の顔が。
 綺麗な、良太郎がとても好きな顔が心配そうに見つめていた。
 今までにない優しさに顔が赤くなっていた。
 初めて見るそんな顔に思わず可愛いと思ってしまった。

男に可愛いって思うなよ・・・・・

 二人の間を甘い空気が取り巻く。
  
いかん、このままだと雰囲気に流されてしまう・・・・
俺はそんなにお手軽な奴だったのか?

 最初から良太郎は気持ちに素直で、周りや拓巳の事を顧みないはた迷惑な奴だった。
 だが、嫌悪感はなかった。
 拓巳がまだ営業で病院や診療所を回っていた時、同じ様に「つき合って欲しい」や「今夜ど
 う?」と言われセクハラを された時には気持ち悪さと、不快感で鳥肌物だっのに。
 「顔がいいからか?」とも思ったが、拓巳を口説いて来たドクターには良太郎には劣るが、顔
 のいい者もいた。
 「お金?」も考えたが、中には総合病院の跡取りもいた。
 「じゃあ、一体なんなのか?」考えみた・・・・
 やはり良太郎の雰囲気なのだろうか。
 他の時に感じた、裏にある性的なものが見えない。
 これは敢えて良太郎が隠していたのだが・・・・・
 ただ、『拓巳の事が好きで構って、見て欲しい』という一途で一生懸命な気持ちが見えた。
 「犬」そうだ、犬が主人に構って貰いたくて仕方ない。
 そんな感じなのだ。
 だから、あんなにしつこくても何処か嫌いになれなかったのだろう。

 今目の前にいる良太郎には、「犬」は感じられない。
 拓巳の事を熱く、甘く見ている。
 やはり、嫌悪感はなかった。
 「好き」という気持ちも無かったが。

 兎に角、この甘い雰囲気には困った。
 無理矢理夫夫にさせられたが、身も心も夫夫になるつもりもないのに。
 このままでは、本当に身も心も夫夫になってしまう・・・・・

 拓巳のそんな苦悩を、良太郎は顔には出さず心の中で大喜びしていた。
 なんといっても、拓巳は自分の事を嫌っていないのだから。
 今は自分の事を『好き』だという気持ちが無くても、好きにさせる、自信はあるのだ。
 
本気を出した自分に不可能はない!

 何処までも、自分に都合のいい事しか考えない良太郎だった。
 そして、今のこの状況はとても美味しかった。
 いつ如何なる時も、拓巳の事には全力を尽くす良太郎だった。
 
いただきま〜〜すv


 端正な良太郎の顔が近づいて来る。
 思わず目を閉じてしまう。

べちっ

 鈍い音。
 見ると良太郎の顔面に拓巳の手が。
 無意識のうちに手が出てしまったらしい。

「あっ・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 余りにもお約束な展開。
 良太郎の顔面に張り付いている、自分の手を退ける。

「・・・・・・悪い」

「本当にそう思ってますか?」

 ジトッとした目で、良太郎は拓巳の事を見る。
 心の全く籠もっていない謝罪に気付かれ、ちょっと焦る。
 しかし、その時気付いた。

 何故、自分が謝らなくてはいけないいのか。
 その場の雰囲気に流されてしまったが、身体まで、夫夫になる予定はないと決めた筈なの
 に。
 危ない所だった。

「・・・・・・・・どけ」

「嫌です」

 良太郎は、ニッコリ笑って即答。
 拓巳の腰と背中に回された腕は拓巳を引き寄せようと、良太郎の胸と顎に添えられた手は押
 しのけようとお互いの腕に力が入る。

「お前、無理矢理はしないんじゃなかったのか」

「なにを言うんですか、拓巳さん今目を閉じて、僕の事受け入れてくれたじゃないですか。 そん
な訳で無理矢理ではありません!」

「・・・・・・それは、気の迷いだ。 忘れろ」

 段々と、拓巳が押されている。
 ニヤリと笑い、背中に回した手を離し自分の胸を押していた拓巳の手を取り、股間へ。

「なっ!」

 既に良太郎の雄は堅くなっていた。
 拓巳の顔を見てニヤリと笑う。

「どっちにしても、俺はやる気満々なんで、拓巳さんに選択の余地はありません」

 言うが早く、良太郎はソファーに拓巳を押し倒す。
 一瞬の隙を付かれ、両手の自由までをも奪われてしまった拓巳。
 自分は両手、相手は片手。
 直ぐにでも外す事が出来ると思ったのだが、良太郎の力は思った以上に強く、全く外す事が出
 来ない。

「無駄ですよ拓巳さん。 武芸を嗜んでいる僕には敵いませんよ。 こつがあるんですから」

 ニヤリと笑い、意地の悪い事を言いながら、拓巳の服のボタンを一つ一つゆっくり外して行く。
 まな板の上の鯉状態に、焦りはピークに。
 しかし、どんなに暴れても、手ははずせないし、身体も良太郎が上から押さえつけているので
 抜け出せない。
 
 勝手に養子縁組をされ、妻にされ今は良太郎に組み敷かれて貞操の危機。
 違った意味で、頭の中で自分の今までの人生が走馬灯のように映し出された。





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