本当の気持ち
(17)







 幸せを噛み締めていると、トントンとドアをノックする音が。

「何だ・・・・」

 不機嫌そうな声が頭上から。 
 見上げて見ると、声同様、不機嫌に眉間に皺を寄せた貴章の顔。
 冷たい声と表情に身体がビクリとなる。
 
 腕の中で、突然身体が緊張したのが分かった。
 あやすように背中を撫で、若菜の視線を胸に押しつけ逸らす。
 今度は口調に気をつけ返事をする。

「どうした」

「そろそろ、時間が・・・・・」

 外から綾瀬が声をかけて来る。
 
仕方ない

 若菜に服を着せながら、「分かった」と返事を返す。
 若菜の支度を終え、自分も服を着る。
 残り少ない時間。
 この時間が過ぎてしまえば、暫く会う事は出来ない。
 
「分かっているとは思うが、メガネだけは絶対に外さないように」

 子供に言い含める様な言い方に、頬を膨らませ抗議する。

「大丈夫です。 今まで外した事なんてありません」

 顔も言い方もとても愛らしいが・・・・

「ふぅ・・・・.。 どうして、そんな他人行儀な言い方をするのだろう」

 わざとらしくため息を吐き、ガッカリして見せる。

 貴章の悲しそうな声、態度に戸惑いオロオロと・・・・・

「え、でも・・・・・」

「そうだろう。 私達は恋人同士なのに」

恋人同士

 カッと、顔が赤くなり俯く。
 『恋人』その言葉が嬉しい。 

「えへへ」

 照れ笑い。
 嬉しさを表現するのに、ギュっと抱きつく。

「分かったね」

「はい!」

「・・・・・・・・・・・」

まあ仕方ないか。

 すぐ直せという方が無理だろう。
 自分達の時間はこれからまだまだあるのだからゆっくり変わっていけ
 ばいいか・・・

「では、もう一度言うが、絶対に外さない事」

「もう! 大丈夫です」

 頬を膨らませる若菜。
 どんな顔をしても可愛くて仕方ない。

「それならいいが。 綾瀬にもしっかり頼んでおく事にするから」

 全く信用されていない。
 確かに何処か惚けており、今日も外しそうになり、綾瀬に怒られたばか
 り。

 そんな事などすっかり忘れていたが。

「さあそろそろ行こうか」

 その言葉に寂しくなる。
 このまま一緒にいる事は出来ない。
 自分には家で家族が待っている。
 昨日も今日も心配をかけてしまった。
 そんなつもりは全く無かったのだが、結果的に大騒ぎさせてしまった。
 心苦しかった。

 そして男同士の恋愛。 
 世間から認められず、家族まで不幸にしてしまう。
 綾瀬だけではなく貴章まで。
 しかし本当の恋を、貴章という存在を知ってしまった。

離れたくない・・・・・

 だから回りに分からないよう、今まで以上な目立たないようにしなくては
 と心に誓う。

 新たに決心をするが、それが行動されなければ仕方ない。
 何処まで若菜が出来ることやら。
 貴章の顔見ながら、両手をグッと握り気合いを「よし!」と入れる。
  
 可愛く目の前で気合いを入れられ、抱きしめたい衝動に駆られながら、
 貴章も自分の忍耐に気合いを入れていた。

「家まで送ろう」

 肩を抱かれ部屋を出ると、外で綾瀬が待っていた。
 ピッタリと寄り添っている二人を見、満足そうに微笑む。

「家には、これから送って行くと連絡しておいたから」

「ありがと。 綾瀬」

 綾瀬には何から何までお世話になりっぱなし。
 心配もかけてしまった。
 『大丈夫そんな事くらいで怒ったりしない。 もっと好きになるはずだから』
 その言葉の通り、貴章に嫌われたりしていなかった。
 「愛している」とも言われた。
 綾瀬の言った通り。
 やっはり綾瀬の言うことには間違いない。
 凄く大切に見守っていてくれる。
 信頼でき、綺麗で強くて頭のいい大切な友達。
 とても大好きで失うことなど出来ない大切な存在。
 思った時には綾瀬に抱きついていた。

「綾瀬大好き〜」

 と大きな声で。

 一瞬で二人の男が固まる。
 綾瀬は恐怖に固まり、冷や汗を・・・・・・
 貴章は怒りで・・・・・
 鋭い視線を向けられ、綾瀬は顔を青くしながら無言で首を振る。

俺は何もしていない!
若菜が抱きついて来たんです!
助けてくれ・・・・・・・

 貴章は無邪気に抱きつく若菜を、無言で引き離し自分に向ける。
 冷たい眼差しを向けられた事にショックを受け、蒼白に。
 何かしてしまったのだろうか。
 思い付かない。
 
恐いよ・・・・・・

 怯えた若菜に、我に返る。
 
ここまで自分が嫉妬深くなるとは・・・・・

 思いも寄らなかった。
 しかし、全てを自分にだけ向けて欲しいと思う。
 心も、視線も、身体も全部が。
 己の心の狭さに苦笑してしまう。
 こんな顔をさせるつもりは全く無かったのに。
 
「若菜。 そんなに簡単に人に抱きつく事は許さない。 もし抱きつきたい
なら、遠慮せず私にだけ抱きつきなさい」

 出来るだけ優しく、甘い声で耳元で囁き、軽くキスをした。
 チュという音に、強張っていた顔と身体が緩み真っ赤になる。
 激しく変わる兄の表情。
 あからさまな嫉妬、独占欲に、綾瀬の緊張も溶け顔を赤くし口元を手で
 覆う。

こんな恥ずかしい人だったのか・・・・・・

 二人の世界を築き始めているのに申し訳ないが「ん、ん!」と横やりを
 入れる。

「本当にそろそろ帰らないと、心配して家族が迎えに来るから・・・・・」

 不満そうな貴章だが仕方ない。

あの家の男二人はかなり・・・・

 乗り込んできて、貴章と鉢合わせになった時の事を想像する。
 それだけで綾瀬は血の気が引いていく。

怖すぎる・・・

「そうだな」

 改めて若菜の肩を抱き、身体に負担をかけないようゆっくり歩き階段を
 下りる。
 その後を綾瀬も続く。
 玄関まで来ると、置かれているソファーに若菜を一旦座らせる。

「今車を回すから待っていなさい」

 そう言い残し車を取りに行く。
 貴章が居なくなったにを見計らい若菜によく言って聞かせる。

「頼むから、誰かれなく抱きつくな。 ああ見えてもの凄く嫉妬深い事が
分かったから。 かなり恐ろしい・・・・・」

「う、うん。 気を付けるよ。 僕も凄く恐かったもん・・・・」

「頼んだ・・・・・」

 こう言っていても明日、いやこの後直ぐにでも忘れそうな気がするが
 大丈夫なのだろうかと心配になる綾瀬だった。

 玄関に車を回した貴章が迎えに来る。

「さあ」

 若菜の手を取り助手席に乗せ、綾瀬も後部に乗り込み若菜の家まで。
 あっという間に家に着いてしまった。
 暫く逢えないと言っていた。
 どの位かは分からないが、今朝までの寂しい気持ちはない。
 何故なら今自分の手元には、貴章から渡された携帯がある。
 逢えなくても、自分達は繋がっているという実感があるから。
 会えないと嘆いていた昨日までとは違う。

 貴章の顔を見てニッコリ笑う。
 貴章も若菜を見て微笑む。

「連絡する」

「はい。 でも忙しいのに無理しないでくださいね」

 毎日でも顔を見たいが我慢をしようと決める。
 だが貴章はあっさりと

「若菜の顔が見られない事の方が辛い。 さあ、風邪を引くといけないか
ら早く家の中に入りなさい」

 と言い、若菜の頬をなでた。
 
「はい!」

 力いっぱい頷き車のドアを開ける。
 綾瀬も出て玄関まで送る。
 運転席からその後ろ姿を見送り温かい気持ちになる。

 若菜が自分のマンションから姿を消した時には、心に穴が開いた感じだ
 った。
 これ程までに強く欲した物はない。 
 それが今、自分の物に。
 温かく優しい気持ちになれる自分が信じられない。
 初めて知るこの気持ちを、若菜を大切にしたいと思った。

 綾瀬に玄関まで送られた若菜。

「また明日」

 そう綾瀬に言い、車の中にいる貴章に軽く手を振り家の中へと入って行
 く。

 玄関の物音に気付き、心配していた家族がリビングから飛び出して来
 る。

「「「若菜(ちゃん)!」」」

「ただいま」

 今朝までの沈んだ様子はすっかり無く、晴れ晴れと、嬉しそうな若菜の
 表情に安心した。

 若菜が帰って来るまで食事せず待っていた家族に謝り団欒が始まる。
 とても楽しそうな若菜に皆が喜んだ。

ホント、良かった・・・・

 食後の団欒も終え、風呂に入り部屋でくつろぐ。
 ほんの数日で自分の人生がめまぐるしく変わった。
 
 貴章を知り恋いをした。

こんな気持ちになるなんて・・・・・

 初めて知ったこの気持ちを大切にしよう。 
 不安は色々あるが、これからの事を思い描きながら夢の中に落ちて行
 く。
 貴章とを繋ぐ携帯を握りしめながら。

お休みなさい、貴章さん・・・・





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