優しさに包まれて

(番外)






 湯煙の向こうに見える月。
 梅雨の時期には珍しく、その日一日晴れていた。
 
 まるで雫の誕生日を祝うかのように。

 昼間の賑やかさが嘘のように今は静まりかえっている。
 こんなに静かだと、自分の為に開かれた誕生パーティーが
 実は幻で自分が思い描いた、都合の良い夢だったのでは
 ないかと思ってしまう。

 湯船の中で和磨に抱かれながら月を眺めていてふとそんな思
 いに捕らわれてしまった。

「何を考えている」

 まるで雫の考えていた事が分かったような物言い。
 雫があまり良い事を考えていない時には、和磨の口調は厳し
 いものへとなっている。

 抑揚のない話し方だが、和磨の事をよくしる者ならば今の和
 磨があまり機嫌の良い物ではない事が直ぐに分かるだろう。

 いけないと、自分の弱い心、自信のなさを叱責する。
 和磨は自分を貶める言葉を一番嫌いとする。

 己が選んだ者を否定される事を一番嫌いとしていた。

「この俺が選んだのだ、もっと自信をもて」

 そう、よく言われる。

 だが20年以上「僕なんかが」という言葉が身に付いてしまっ
 ていなかなか直す事が出来ない。
 気を付けてはいるのだが。

 一番大切な人。
 その人の為に変わろうと決めたのだ。
 
 瞳を和磨へと移す。
 精悍な顔立ち。
 冷たく見える切れ上がった瞳と目が合う。

「こんなに幸せでいいんでしょうか・・・・」

「・・・・・・・」

 和磨は何も言わず雫を見つめていた。

「和磨さんと出会って僕の人生が変わりました。 今までは人
がとても怖かった・・・。 人を信じる事が出来ませんでした。
心が寂しくて苦しくて生きている実感がありませんでした・・・生
きている意味さえ分からない事も・・・・。 でもこの家に来て、漆
原さんや澤部さん、和磨さんのご家族に会えて楽しいという言
葉と嬉しいという言葉を知る事が出来ました。 そして心から
笑える楽しさを知りました。 家族を知ることが・・・・・」

 雫は和磨の逞しい胸に頭を預ける。
 和磨はそっと抱く腕に力を込める。

 和磨は常に雫に優しい。
 皆が恐れているのはその目で確かめている。

 漆原からも、雫が怪我をした時の和磨は恐ろしく生きた心地
 がしなかったと聞く。
 何がどう恐ろしかったのか、詳しくは教えて貰えなかったが
 止めに入った時、自分まで殺されるかと思ったと言っていた。
 澤部も同じ事を言っていた。

 余りにも大げさな言い方だった為に、雫は冗談だと思ってい
 たが、それは事実だった。
 
 そう、雫にとって和磨は優しく、時に厳しく、しかし情熱的な最
 愛の者だった。

 現に今も、肩まで湯に浸かるのは心臓に負担がかかるから
 と言って、和磨の膝の上に乗せられ半身浴。
 しかしそれだと、上半身が冷えるからと言って時折その大きな
 手で湯をすくい肩や背中にかけてくれている。

優しい人・・・・・

 耳元からトクトクと規則正しい心音が聞こえてくる。
 この音を聞くと安心する。

 生きているという証。
 この音とこの腕の中にいれば何も心配はいらない。

 同時に必要とされていると思える時間。

「人を愛するという気持ちを教えてくれました・・・・・」

 征爾の養子となった事で家族を手に入れる事が出来た。
 本当の家族では得る事の出来なかった、暖かい家庭。
 でも一番は和磨出会えた事。

「あなたに出会えてよかった・・・・・」

「・・・・雫」

「あなたを愛しています」

 いつもなら恥ずかしくて言えない言葉だが、今日はすんなりと
 出てきた。

 和磨を見上げる瞳は、感情が高ぶり潤んでいる。
 暖まった体が桜色に染まり艶を放っていた。

 無自覚のうちに雫は和磨を誘っていた。

 出来る事ならこのままこの場で雫を抱きたい和磨だった。
 しかし今の雫には無理な事。
 漸く、歩行器を使ってではあるが自分の足で歩けるようにな
 った雫。
 体重も増えたとはいっても漸く40s台になったばかり。
 今ここで抱けば確実に寝込む。
 また病院に逆戻りになってしまう事だけは避けたい。

「・・・・・誘うな」

「え?」

「まだお前を抱く事が出来ないんだ。 むやみに誘うな」

 いつになく困った様なもの言いに訝しんでいた雫だったが、
 その顔が今までとは違う羞恥の赤さへと変わっていった。

 下にあった和磨の雄が変化していた事に気づいたのだ。
 
「あ・・・・・」

「動くな」

 雫が変化に気付き、体が動いた事で和磨の雄がさらに硬度
 を増す。
 臀部に当たる熱さと硬さに羞恥が大きくなる。

 こんな状態になっているにも拘わらず、和磨は冷静だった。

 雫が目覚めてから互いの体は繋げていない。
 それまでどうだったのかは分からないが、澤部の話では誰と
 もそういう関係になっていないという事だった。

 雫にとっては嬉しい事だった。
 和磨に愛されていると思えたから。

 だが和磨にとっては全く持ってありがたい事ではなかった筈。
 その考えが雫を大胆にした。

 ゴクリと息を呑み、恐る恐る和磨の物へと手を伸ばす。
 
大きい・・・・

 和磨の雄がこんなにも大きかったのかと改めて知った。
 それに・・・・・

熱い

 体が溶かされてしまうのではないかという熱量。
 両手で握りゆっくりと動かす。

「っ・・・・」

 自分でも、今この体では和磨と繋がる事が出来ない事は分か
 っている。

 こんな骨と皮に状態では和磨も興ざめだろう。
 それに抱いていてもいつ倒れられるかと心配で、おちおちする
 事もできないに違いない。
 ましてや雫の体が反応しないのでは。

 気持ちは高まるのだ。
 だが雫自身が反応しない。

 全くという訳ではない。
 今も少しではあるが反応がある。
 少しだけ雄が硬くなる。
 だがそこまで。

 以前のように、和磨に触れられるだけでシドシドと蜜を零し、
 下腹部に当たるまで立ち上がるまでにならない。

 それでもまだましになった方だ。
 以前は硬くなる事もなかったのだ。

 だが少しづつ回復している。

 和磨の雄を刺激する。

「雫」

 艶を含んだ声。
 耳元で囁かれると背中がゾクリとなる。
 押し隠されていた雄が表に現れる。

 噛み付くようなキス。
 いつもとは違う荒々しさに、次第に息も上がって行く。
 
「ん・・・・、ふっ・・・・」

 必死に両手を使い和磨の雄を擦る。
 少しでも和磨によくなって貰おうと、いつもして貰っていた事
 を思い出し括れの部分を撫でてみたりもしてみた。
 
「そうだ・・・・下の袋も」

 その言葉に片手は和磨の雄を扱いたまま、もう片方の手で
 袋を柔らかく揉む。

 すると和磨の雄がさらに大きさを増した。
 キスを交わしながら動きを早める。
 その手の上に和磨の手が重なる。

 一緒に和磨を高めていく。

 一段と和磨の雄が膨れ上がる。
 そして和磨の体が一瞬止まり「・・・・・っ・・・・」という詰めた声
 が。

 手にある雄はまだ硬かったが、先程よりは硬度が治まってい
 た。

 和磨がいったようだ。

 自分の手で和磨の欲を満たすことが出来た。
 それが嬉しかった。
 いつの間にか雫の手から和磨の手が離れていた。

 雄から手を離し、湯から出しその手を見つめる。
 そして和磨を見上げると雄の艶を放っていた。
 だが次の瞬間には獰猛な光を放ち、恐ろしい事を言って来た。

「体が元に戻った時には覚悟しておけ。 今まで抱けなかった分
倍にして返して貰うからな」

 幸せだった気分が霧散する。
 こんな体になる前、健康だった時でさえ、和磨との情交は濃密
 だった。
 
 朝・昼・夜。
 関係なく和磨が求める時には体を開いた。
 同じベッドにいる時には何もしないで寝る事などなかった。
 雫の体調が余程悪くない限り。
 当然一回で終わるはずもなく和磨が満足するまで。
 それ以上などとてもではないが無理。

 思わず雫の顔から血の気が引いていく。
 
 それを見た和磨が耳元で囁く。

「この俺をここまで煽った責任はとって貰うぞ」

 低く艶の含んだ声に、背筋がゾクリとなる。
 元に戻った時、一体どうなってしまうのか。
 不安はあったが、雫自身も早く和磨と抱き合いたいと気持ち
 は大きかった。

 潤んだ瞳で見つめ返すと「期待しておけ」と言われ和磨の顔
 が近づく。

 息が触れる。
 雫は目を閉じ、自らも和磨に顔を寄せ口づけた。

 優しいキス。

 何度も触れ合いながら互いを確認しあう。

 そして見つめ合い和磨の胸にもたれ掛かる。
 夜空に輝く月が眩しく感じた。

「早く良くなれ」

 和磨が呟いた一言に「はい」と静かに返事をする。
 家族として迎えてくれた征爾や磨梨子、和磨の兄弟。
 始めて会った時から優しかった漆原、澤部。
 強面だが気遣ってくれる組員達の為にも良くなろう。

 そして何より、一番大切な和磨の為に良くなろうと誓った。





 
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