運命の人









「好きです。付き合ってください!」

 両腕に抱えきれないほどの赤いバラの花束を目の前に翳し腰を90°
 に曲げた男、奥寺良太郎を見詰める。

「断る」

 冷たい声で即答する。
 目の前の男はガバリと顔を上げ目に涙を浮かべ拓巳を見る。
 打ち拉がれたワンコな姿に一瞬「ウッ」となるが、ここで甘い顔は出来
 ない。
 何せ自分の生活が掛かっているのだから。

「どうしてですか。 何処かいけないんですか? 年下だからですか?
僕は自分で言うのもなんですが、顔も頭もスタイルもいいし、お金だっ
てあります。 将来はこの会社を継いで社長になります。当然地位もあ
りますし・・・・」

 聞いていて段々腹が立って来る。
 こめかみには青筋が・・・・・。

「ストップ。 いい加減にしろ。 ここを何処だと思っている。 会社で時
間は9時。 就業時間中だ仕事をしろ仕事を」

 周りを見回すとフロアーにいる全員が息を潜め二人を見ていた。
 青ざめた顔の者、喜んでいる者、またかとゆう顔の者。 
 ここ一週間見慣れて来た風景には間違いないのだが・・・・

「そうゆう仕事熱心なところも好きです」

 ウットリとした顔で拓巳の顔を見る。 
 毎日朝・昼・晩と言われ続け、いい加減切れかけていた。 
 こんなに冷たくしているのだから、いい加減諦めてほしい。

「いいか、もう一度はっきり言う。 確かにお前は顔・頭・スタイルは文
句なくいい。 が、男で次期社長だ、ゲイは社会的にも受け入れられ
ていないし付き合ったとしても将来のハンディになる。 第一社長、家
族が許す訳ないだろう。 モテるんだから女性と付き合え」

 キッパリ言い切る。
 遠くの方から小声で上司達の非難があがる。

磯谷君、次期社長になんて口の利き方を・・・・・

 拓巳は声のした方向を睨む。 

『次期社長だからこそ仕事しろよ。 こいつのせいで仕事が中断して
いるんだから誰か注意しろよ』

 この会社の将来に不安を抱き転職を考えてしまう。

「嫌です。 諦めません。 一目惚れなんです。 会った瞬間に運命の
人だと確信したんです」

「お前は・・・・パッと見で気に入っても中身はどうなんだ。 最初は良
くても付き合って行く内にギャップが出て『こんな筈じゃあ』とか思うだ
ろ」

 今まで付き合ってきた彼女達を思い出し苦い顔になる。
 拓巳はスラッとしていてスタイルも良く綺麗な顔立ちだった。 
 物静かで社内では王子様と女子社員から言われていた。 

 アプローチも多く何人かと付き合ったが仕事を優先にしていたので、あ
 っという間に別れてしまう。
 思った事を言ってしまうので、優しくないと言われ、興味のない事には
 無駄な時間は使いたくないのでデートも時々断った。

見た目が王子だから中身もきっと

 仕事中は厳しくてもそれ以外は・・・、と勝手に思い込みギャップを見せ
 つけられ怒り去って行った。

「何言ってるんですか。 磯谷さんは見た目も綺麗ですが、中身だって
こんなに可愛いじゃないですか」
 
「腐ってる・・・・・・・」

 力説する良太郎を見、肩を落とす。

いつまで経ってもらちがあかない、どうしたもんか・・・・

「ぶ、部長内線です。 一番をお取りください」

 40代後半、神経質そうな男が女子社員から言われ電話を取る。 

「はい、経理課山内です」

 フロアーに響く声。
 誰もが注目している。

「はい・・・・・はい・・・・」

 顔がみるみる青ざめていく。 
 
「・・・・・・・分かりました」

 受話器を置いた時には倒れそうになっていた。
 社員の一人が声を掛ける。

「・・・・・部長? 大丈夫ですか・・・」

 虚ろな目で周りを見回し「社長が・・・・・・」と言いヘタリこんだ。
 フロアーにいた全員が『社長が一体何なんだー!』と思った。
 そこに「おはよう」と呑気な声が。
 全員が声の主を見てギョッとした。

「・・・・・社長・・・・・」

 誰かが呟く。

「ん? どうしたのかな」

 良太郎の父でありこの会社のトップである奥寺良一が秘書を伴いや
 って来たのだ。
 全国各地に支社を置きこの奥寺製薬の他にも幾つか会社を経営し
 ている社長とはまず会うことはなかった。
 社員が多いため朝礼・年末・年始の挨拶は全てテレビ中継。 
 唯一入社式の時だけ実物を見ることが出来るのだ。
 その人物が目の前、こんな近くに・・・。

「良太郎何をしている。 今日は朝一番で剣コーポレーションに行くと
言っただろう」

 さっきまでの柔らかい態度が厳しくなる。

「あ・・・申し訳ありません。 今行きます。」
 
 今までの情けない態度が嘘のように変わる。
 磯谷を見詰め手を握る。

「磯谷さん、残念ですが僕は行かなくては行けません。 寂しいとは思い
ますが我慢してください」

『社長の前で何をする!』

 パッと手を振り払いシッシと手を振る。
 その行動に全員の顔が青くなった。

「なに!? 磯谷?」

 急に奥寺の顔つきが変わり拓巳を見る。

「うっ・・・・」

 焦る。 
 一体自分の事を家で何と言っているのか、顔つきを見ていると可愛い
 息子を誑かし、道を踏み外させようとしている憎い男と言われている
 ような気がする。

 しかし自分が誑かされようとしているのだから、もし何か言われてもハ
 ッキリ言おうと気合いを入れた。
 
 奥寺がもの凄いスピードで磯谷に近づき手を取る。

「そうか、君が磯谷君か。 良太郎から聞いているよ。 噂に違わず美人
だね。 良太郎の事を宜しく頼むよ」

『ちょっと待て、何故そうなる・・・・・』

 ニギニギと手を握られ呆然となる。 

『男だぞ! 息子がホモなんだぞ、いいのかそれで。 社会的にマズイだ
ろう。 他の家族も納得しないだろう!

「ね、大丈夫でしょ。 ですから心おきなく付き合って下さい」

「何だ、なにかあるのか?」

「磯谷さん僕の事を心配してくれるあまりに付き合えないって言うんです」

「なに! どうしてだ」

 この親子は何を考えているのかわからない。
 頭が痛くなってきた。

「磯谷君何か問題があるのかね? 自分の息子を自慢するのも何だが
顔・頭・スタイルも抜群で金もあり次期社長だよ。 年下だからなのか?」

『やっぱりこの二人は親子だ』と誰もが確信した。

 ダンディで仕事に厳しい社長も息子私生活にはかなりな親ばかであっ
 た。
 コメカミを押さえながら思った。 
 この親子には甘い顔をしたら付け上がらせるだけだ。 
 社長だからと言って自分のこれからの人生に口出しされたくない・・・・

「私は男です。 ご子息も当然男です。 これから社長になり社会的地位
を得る彼には私の存在はデメリットです。 跡継ぎも必要でしょう。 です
から彼にはちゃんとした女性と結婚した方がいいんです」

 二人を見ると何故か感動していた。

「僕の事をそんなに真剣に考えていてくれるなんて・・・・」

「良太郎の将来をそこまで心配してくれるとは・・・・」

 どうしてそうなる・・・・・

「君は素晴らしい人だ。 良太郎に相応しい!」

 奥寺は涙ぐみ、握ったままの手をブンブンと振る。
 何を言っても聞いてくれない親子に拓巳は切れた。 
 握られていた手を振りほどく。

「だから!『 お前んとこの息子ホモだって?そんな所と取引したくない
よ〜』とか言われるんですよ!」

 あまりの暴言に全員が硬直した。
 ここまで言えばきっと諦めるだろうと思ったのだが・・・・・。

「心配しなくても大丈夫君達の事は一族が守るから。 もしそんな事を言
う企業があればこちらから切り捨てる!」

 真剣な眼差しで、力強く言い切られる。
 その横で良太郎も真剣な眼差しで頷いていた。

「さあそうと決まれば今夜はお祝いだ。 会場を押さえて婚約パーティー
だ。 代田予定の変更だ。 家にも連絡しておけ。 時間がない行くぞ」

 後ろにいた秘書に色々指示を出し出て行く。 

「良かったですね。 父も絶対気に入ってくれると思ったんですよ。 晴れ
て公認で嬉しいです。 もっと早く父に会わせれば良かったですね、余計
な心配とかしなくてよかったから。 絶対僕が守りますから。 やっぱり僕
達は結ばれる運命だったんですね」

 チュっと軽く口にキスをして、バラの花束を腕に押しつけ足取り軽く出て
 行く良太郎であった。
 嵐のような出来事だった。
 断っていた筈なのに、公認になり婚約までする事になろうとは・・・・
 ガックリと机に腕をつく・・・・・

「おめでとうございます・・・」

 一人が祝辞を述べると周りにいた同僚達も、ハッとなり祝辞を言う。
 自分の意志には関係なく社員達にも公認になってしまった。
 一体この先どうなるのだろう・・・・

 取り敢えず今晩の婚約パーティーが怖かった・・・・・





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